2006年12月26日
横河武蔵野FC 2006
まずは4年。
企業のサッカー部ではなくなり、市井のアマチュアクラブとしてあらためてスタートしたクラブは、着実に戦力を高め(2006年度の最終順位は過去最高の6位。そして小林陽介選手が得点ランキングの2位)、また、徐々にではあるけれど熱心なファンを増やしてきた。
ウェブサイトでも告知されているように、現在クラブはNPO法人の設立を申請している。代表者は古矢武士氏。長らく監督としてチームを率い、今季でその座を退いた古矢氏が、これからは運営のトップとして、あらためてクラブを率いていく。
まず4年。決して順風満帆だったわけはなく、様々な試行錯誤を繰り返してきたのであろうその歩みにひとつの区切りをつけて、クラブはいよいよ「次のステップ」に進もうとしているらしい。
年末に開催された恒例の「納会」では、クラブが転換期にある故か、少なからずビックラこかされるハナシがあれこれあったわけですが。喜ばしいハナシがある一方で、この時期にはやむを得ない悲しいハナシもあり。その中でも、個人的に残念なのは金載東選手の引退でした。
横河武蔵野の試合を見に行くようになって、自分が最初に惹かれたのが載東選手だったのです。昨年の大怪我を乗り越えて、今年はJFL100試合出場を果たし、その記念試合で自らゴールを決めたときには泣きそうになりましたよ。まだまだ活躍してくれるだろうと思い込んでたので、ホントにビックリで残念です。載東選手、これまでありがとう。お疲れ様でした。
おまけ
2006年の別れ話と言えば、東阪の佐川ともひとまずお別れ。
てなことで、写真は佐川東京の姐さんたちの、西が丘でのラストダンス。クソ寒い西が丘で、パワフルでやんちゃなパフォーマンスを繰り広げる姐さんたちのエンターテイナーっぷりには、正直感動すますた。
Category: 横河武蔵野FC, 武蔵野陸上競技場
Posted 2006年12月26日 20:48
2005年07月02日
横河武蔵野FC vs. FCホリコシ
この日の武蔵野陸上は異例の1千人オーバー。特にアウェイ側に多くの集客があったわけですが、混雑ぶりとは裏腹に、アウェイ側は終始重苦しい沈黙に包まれていて、それもそのはず、来場者の殆どはアマラオ目当てに押しかけたガスサポで、ところが肝心のアマラオは、突然の負傷で、先発どころか遠征に帯同すらせず。アウェイ側の観衆の殆どが、「騙された」とばかりに、終始無言で淡々と試合を眺めているだけなのだから、正直怖かった(笑)。
Category: 横河武蔵野FC, 武蔵野陸上競技場
Posted 2005年07月02日 16:41
2005年05月02日
横河武蔵野FC vs. Honda FC
終了間際の土壇場で、村山浩史がホンダのゴールに叩き込んだヘディングシュートは、夏の夜の西が丘を熱狂させた。「JFLの門番」と称される強豪相手に、終始劣勢に立たされながらも、最後まであきらめずにボールを追い続けるひたむきなプレイが、最後の最後に実を結んだ劇的な同点ゴールは、その場の誰もが強く心を動かされるものだった。
それが昨年の夏。
しかし、この日、試合終了のホイッスルと同時に覚えた興奮は、そんな記憶さえ色褪せたものにしてしまうものだった。新緑の眩しい「聖地」武蔵野陸上競技場に、遂に帰ってきたチームが繰り広げたのは、本当に、本当に素晴らしい戦いだった。
古くからこのチームを応援してきたひとたちにとっては、7年越し、13試合目にして初めてとなるホンダ相手の勝利に、感慨もひとしおだったことだろう。しかし、この日の試合内容は、そうした思い入れを持たない、僕らのような多勢の心をも、確実に揺り動かすものだった。
ピッチでも、スタンドでも、快哉が叫ばれる。
誰もがステキな笑顔を浮かべている。
そして、涙が溢れてきた。