2004年10月20日
ビセンテ・リスコ Vicente Risco
以下は、スペインにおける国家と地域 ~ ナショナリズムの相克の第6章「ガリシア主義の歴史 -「ケルトの神話」から急進的社会主義へ-」からの抜粋で、ガリシア主義のバイブルとされる「ガリシア・ナショナリズムの理論 Teoría do nacionalismo galego」を著し、ガリシア・ナショナリズムを代表する思想家とされるビセンテ・リスコ Vicente Riscoさん(1884~1963)の思想の骨格を、この章の著者である中塚次郎さんがまとめられたもの。
ナショナリズムとは、民族が個性の承認を国家に求める運動であり、必ずしも独立を要求しない。ナショナリズムが必要とされるのは、スペイン国家が伝統や文化を奪い、カスティーリャの利害を優先してガリシアを後進地域にしているからである。地域主義とのちがいは、地域主義が政治的自治だけを要求するのに大して、ナショナリズムが総合的な自治(アウトノミア・インテグラル)つまり経済的な発展や文化の創造・精神的再建をもめざす点にある。伝統的文化は過去のものではなく、発展させるべきものである。ナショナリズムは民主主義の運動でもある。集権的国家は諸民族を抑圧する国家形態であり、諸民族を尊重する民主的な連邦制が理想とされねばならない。ナショナリズムは自由抑圧や侵略主義つまり帝国主義とは無縁であり、反帝国主義の立場に立つ考え方である。
ナショナリズムはいまや流行となっているが、民族に関する議論に混乱がある。民族観には意思の理論(テオリア・ダ・ポンターデ)と有機的概念(コンセイト・オルガニコ)の二つがある。意思の理論は、民族を人間集団の意思による政治的共同体とみなすが、誤っている。民族は意思とは無関係な精神的で有機的な存在であり、その根拠は起源としての人種、人種を民族に育てあげる独自の自然にある。「母なる大地(Terra-Nai)」で育まれた民族精神(フォルクスガイスト)は、気質、独自の生活規範、慣習、文化、言葉となって具体的に表われる。
民族をこう考えれば、ガリシア人はカスティーリャと対照的な湿潤温暖な大地に育まれ、それゆえドウロ(ドゥエロ)河以北のポルトガルと共通の民族ということになる。ここにイベリア連邦を結成すべき理由がある。ガリシアの起源はケルトとゲルマンであり、白い肌とブロンドの髪にその特徴が表われる。ケルト人はローマに敗北しケルト語を失ったものの、ガリシア・ポルトガル語という言語をつくりあげた。ローマ人のあと西ゴート王国がやってきたが、ガリシアだけはスウェーヴィ王国のもとで170年にわたる独立を維持した。ガリシア人の人種的特質はこの結果である。のちにカスティーリャの支配を受けても、ガリシア人はその優秀性ゆえに人種的特長を失わなかった。わがガリシア語は、世界で最も美しい詩の言葉であり、中世文学において秀でた役割を果たし、カスティーリャ宮廷の言葉にもなった。その後、カスティーリャ語強制策のもとエリートに捨てられ農民の言葉となったが、このことはガリシア語を貶めるものではない。貧しいが平等な社会を保った農民のあいだでこそ、民族の言葉は維持されたのである。気質について言えば、冷静・勤勉・忍耐そしてサウダーデである。
スペインはガリシア、バスク、カタルーニャ、カスティーリャの四民族で構成される。スペインを豊かにするはずの民族的多様性は、カトリック両王に始まるカスティーリャの支配によって抑圧された。ガリシアは独立性を徐々に縮小されながらも、ガリシア地方評議会が自治的機関として残った。独立が最終的に奪われたのは19世紀であり、その復活をめざしたのがプロビンシアリスモであり、地域主義である。残念ながら、大衆はカスティーリャ優位のイデオロギーのなかで、ガリシア人たることにコンプレックスを感じ、これに呼応しなかった。民族意識を覚醒させるのがエリートの使命であり、エリートはユートピア思想を遍歴したのち、わが大地にこそユートピアがあることを発見した。
歴史の原動力は民族であり、ヨーロッパの歴史はラテン的地中海民族とケルト的大西洋民族の対抗の歴史であった。「ヨーロッパの没落」は、ローマ帝国以来の地中海民族による支配の終焉を意味するにすぎず、これからは抑圧されてきたスコットランド高地、マン島からガリシアに至るケルト系七民族の時代である。ケルト大西洋諸民族復活と再建の象徴がアトランティスであり、サウダーデは失われた大陸への郷愁と信仰なのである。
Category: ガリシアのお勉強
Posted 2004年10月20日 21:06
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