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2004年12月02日

You'll Never Walk Alone

第9節を終えて4得点は、その時点でのチームの最多得点であり、それどころかこの年最終的にJ2の得点王に輝くことになる新潟のマルクス(現川崎)と並び、得点王争いを演じてさえいた。
彼の名前は松田正俊。右サイドを切り裂いて彼に精密なクロスを供給し、自身もこの時点までで3得点をあげていた星大輔とともに、この年東京から新天地を求めて山形に移籍してきたばかりだった。

その前年、新監督が標榜する「攻撃サッカー」に沸き返る味スタに彼らの居場所はなかった。クラブが彼らに与えた舞台は、熱心ではあるけれども決して多いとはいえない観客が見守る江戸陸や夢の島であり、しかしそこでもなかなか結果を出せないでいた彼らが、新天地で目覚しい活躍を見せているという事実は、正直初めはなかなか信じ難いことではあったのだけど、素直に嬉しく、そして節を重ね、それが決してフロックではないことが知れるに連れ、山形の試合がとても楽しみになっていた。

そして悲劇が起こった。

第10節の甲府戦で負傷交代。
左膝前十字靭帯断裂及内側側副靭帯断裂。

その前年に同じ症状で三浦文丈を、そして症状は違えど小林成光を失うという辛い経験をしていた僕らにとって、それがなにを意味するのかを理解するのは難しいことではない。
今季絶望。いや、それどころか下手すると翌年中の復帰すら危ぶまれる。
選手生命の危機。

結局この年、山形は8位でリーグを終える。
年の瀬にスカパーが企画した、Jリーグ各クラブを紹介する番組の山形編で、松葉杖をつきながらではあるが、元気そうな様子でクラブハウスではしゃぐ彼の姿が放送された。怪我に腐らず、他の選手やスタッフに可愛がってもらえている様子に見受けられ、安堵した。

そして今年9月5日。ちょうど前日に24歳の誕生日を迎えたばかりの彼が、遂にべスパのピッチに戻ってきた。29試合ぶり、498日ぶりだったそうである。
終了間際の交代であったが、ペナルティエリア内で相手キーパーのファウルを誘って得たPKを決め、ストライカーらしく自らのゴールでその復活を祝った。山形サポからは盛大な「マツダ」コールをもらったそうである。
ある山形サポは、この日の日記のタイトルを「英雄の帰還」と名付けた。この日の勝利で、山形は順位を一気に3位まで引き上げ、昇格の可能性がいよいよ現実味を帯び始めたのだった。「英雄の帰還」とともに。

2004年度のJ2は、J1最下位クラブとの入れ替え戦への出場権をかけた3位争いが最終節までもつれた。奇しくも最終節は、その3位を争う当事者である山形と福岡の直接対決。しかしてホームのべスパで山形は敗れ、J2残留が決まった。
今や山形の主力と目されるようになった星大輔、そしてJ2の日本人得点王となった大島秀夫のふたりは、山形がJ1昇格を果たせなかったことで、他のクラブが引き抜きにかかるのではないかと噂されている。しかし、かつて彼らと共に山形の攻撃を牽引していた男の姿は、この日のピッチになかった。

その3日後。11月30日。
山形が発表した戦力外選手のリストに彼の名前があった。

在籍期間の大半を治療とリハビリに費やしてしまったのだから、この決定は止むを得ないことなのだろう。彼の今後の去就はわからないが、新天地で、無念であったろうこれまでを晴らすためにも盛大な活躍を見せてくれることを切に願う。大怪我からの完全復活が容易ではないことを僕たちは知っているけれど、その一方で馬場憂太しかり、小林成光しかり、長期離脱から、以前よりも格段に逞しくなって帰ってきた選手がいることも、僕たちは知っている。

風の中を行こう
雨の中を行こう
たとえ夢破れようとも
歩こう、歩き続けよう
希望を胸に

頑張れ、マツ!

Category: FC東京
Posted 2004年12月02日 18:46

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