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2005年03月30日
ゲット・ザ・カップ ~ CUPを奪い取れ!
FC東京「アンオフィシャル」CDシリーズの新作が、日曜日に唐突に発売開始。
事前告知ナシ(CASA TOKYOのオフィシャルには未だに告知ナシ(笑)。カキイレドキである筈のホームゲーム開催日であった土曜日を見事にスルー(次回のホームゲームは再来週)。そしてその中身はと言えば、思い切りよく時期ハズレな去年のナビスコネタ、という、ある意味ボンボらしさ満点のリリース。
オビにもあるように、2004年のナビスコ杯優勝を記念したもので、決勝でのライブ音源のリミックス。CDのタイトルにもなっている「カップを奪い取れ~」と、「俺らがついてるぜ(おお、俺の東京)」、「You'll Never Walk Alone」の3トラックを収録。
「カップを奪い取れ~」は結構カッコいい。バックトラック上に、歌だけじゃなく「ゴール裏のノイズ」のサンプリングを上手くあしらって、ライブならではの迫力が活かされている。調子外れのラッパでいったん落としておいて、トラメガのアジ(これも実はネタ)を皮切りに一気に盛り上げる展開がステキ。「SEXY」の東京メドレーが好きなひとなら楽しめる筈。
さて、3トラック入りで1,050円とは、「カップを奪い取れ~」がメインのCDシングルなわけで、実際残りのふたつのトラックはオマケ的出来栄え(笑)。どちらも、いかんせん肝心の歌唱が、ほんの数人の声しか聞こえないというのが致命的で(元々の音源は、アサヒマンが撮影していたミニDVカムかもしれないと思った)、「俺らがついてるぜ」は、あの「ATTACK」を彷彿とさせる(苦笑)。ユルネバに至っては音源そのまんまなので、何をや謂わんであります。アサヒマンがミもフタもないことを書いてたのはこの辺のことなんだろうな。
ここ数日、我が家では「カップを奪い取れ~」がヘヴィーローテーション中。これを聞きながら「トーキョーワッショイ」のナビスコ決勝の辺りを読んでると、色々思い出して、いい感じになるですよ。
Category: FC東京
Posted 2005年03月30日 18:52
2005年03月28日
榛名湖
せっかく群馬に来たのだからと、試合終了後、秋名山じゃなくて榛名山へ向かう。箕郷方面から、美しい梅林を抜けて北上する道を山中へと進んだ頃、唐突に「凍結危険」の看板と共に、路肩が残雪に覆われる。こんな時期にそんな事態は予想だにすらしていない東京都民の愛車はツルンツルンのノーマルタイヤ。さりとて引き返すには随分と走ってきてしまっているので、行けるとこまで行ってみるべと、それまでのやんちゃな走りを改め、超・安全走行で山頂を目指すと、現れたのは一面氷に覆われた、荘厳な雰囲気の漂う秋名湖じゃなくて榛名湖だった。
さてそろそろ帰るべかと渋滞情報を確認したら、東松山辺りで事故のため関越道が大渋滞との報せ(もちろん練馬も、いつも通りの大渋滞)。それならばと、高崎で食事して、買い物もして時間を潰してみたのだけど、ところが渋滞は一向に解消される気配がない。時間を潰すのにも限度があるわけで、仕方なく17号線をとぼとぼと南下することに。で、結局そのまま、大宮から首都高に乗るまで、ずっと下道を走ってましたとさ。
Category: いろんな風景
Posted 2005年03月28日 21:16
FCホリコシ vs. 横河武蔵野FC
2005年度のJFLが遂に開幕!横河武蔵野FCの開幕初戦は、アウェイでFCホリコシと対戦。てなことで行ってきました、群馬県高崎市の浜川運動公園陸上競技場。高崎市とは言え最寄りのICは前橋。赤城山だか榛名山だかを望む、のどかな競技場。
結果は横河がPKでの得点を守りきり勝利。横河の開幕戦勝利は現在のJFLが始まって以来2度目の快挙(笑)らしい。とは言え、内容は決して褒められたものではなく、ホリコシが自滅してくれた感が強い。 先ずはカメルーン人DFが、スライディングの際に自爆し、前半のうちに交代してしまう。そして、この日の審判の判定基準は確かに厳しいものだったのだけど(ただし基準は概ね一定していた)、それになぜだか対応できないホリコシはファウルを重ね、立て続けにカードを受けた挙句に、後半には退場者まで出してしまう。そしてなによりPKを与えたプレイは、正直お粗末。遠目からだと普通の接触プレイに見えたと思うので異論もあるかもしれないけど、真正面で見ていた僕らには言い訳のきかない、ましてこの日の審判を考えるなら、決してやってはいけない類の、不注意極まりないプレイだった。
今年のホリコシは、去年までのチーム名から「群馬」が外れ、Jリーグ経験者を補強して、心機一転Jリーグ入りを目指しているようだ。これまでホリコシと言えば、母体である学校法人の学生や関係者を動員しているイメージだったのだけど、この日は、事前の告知活動や招待券の配布などを地道に重ねてきたようで、一般のひとたちが多く訪れていたように思う。公式発表の入場者数も2千人強と、JFLとしてはかなりの大入りで、ホリコシとしては是非とも勝っておきたい試合だったろう。いや確かに観客は多かったけど、実際にはとてもそんな数の観衆はいなかったし、ホリコシに移籍したアマラオを目当てに、物見遊山にやってきていたガスサポも、かなりの数に上っていたわけだけど…。
Category: その他のスタジアム, 横河武蔵野FC
Posted 2005年03月28日 19:48
FC東京 vs. 大分トリニータ
Category: FC東京, 味の素スタジアム
Posted 2005年03月28日 19:18
井口コミセンに紫の熊が出現
三鷹出身の増田ジゴロー(の黒幕)が連呼するおかげで、近ごろ知名度が無闇にアップしている三鷹のコミセン。特にジゴローが槍玉にあげる井口コミセンでは、この日なにやらご近所系のイベントが開催されていたのだけど、玄関先に飾られていたのは、あろうことか紫のユニフォームに身を包んだ熊。ただでさえ、井口コミセンの近所には「サンフレッチェ」という名前のマンションがあり(しかも少なくともふたつも)、近所のガスサポの物議を醸しているわけだが、こやつもそちら方面の手のモノなのだろうか?(三鷹はFC東京のショバということになっているわけだが、サンフレッチェは、その商売敵の広島のチーム名。そのチームカラーは紫で、マスコットは熊)。
Category: FC東京
Posted 2005年03月28日 18:52
成蹊大グラウンド
横河武蔵野FCが成蹊大サッカー部と練習試合を行っているということで、味スタに行く前にブラリと寄ってみた。
Category: いろんな風景
Posted 2005年03月28日 18:45
2005年03月24日
本日のうちの猫
カメラを向けるとチョー機嫌悪い顔をされるのは、もはやデフォなわけですが(これは姉)。
Category: うちの猫
Posted 2005年03月24日 19:26
2005年03月22日
柏レイソル vs. FC東京
なぜか日立台開催となったナビスコ杯のFC東京戦。先々週の川崎戦のときとは違って、アウェイ側ゴール裏のメイン側入り口を封鎖するなど、ガスサポ対策?が講じられていたわけだけど、そこまでして日立台で開催する事情はなんだったのやら。
我が家はこの日は柏の応援。応援歌を練習するなど、ニワカなりの準備をして臨んだのだけど、大渋滞のおかげであえなく大遅刻。ようやく駐車場に到着したのは、丁度東京が先制したときで、東京ブギウギに始まるガスサポの声援が、スタジアムから随分と離れた駐車場まで聞こえていたのだけど、直後に柏は、中澤弟と大野が立て続けにゴールを奪い逆転。それ以後、ガスサポの声はどんどん萎えて行くわけで、とってもわかりやすかったですよ。
さて柏は、後半早々にクレーベルが駄目押しの追加点を奪い、終わってみれば3-1で完勝。柏サポにとっては久し振りであろう、気持ちのいい勝ちっぷりに、満員のスタジアムは大いに盛り上がっておりました。
さて、この日は春休み突入直後の三連休の初日ということで、どこもかしこも空前絶後、未曾有の大渋滞。運転手なかたはお疲れさま。
翌日も相変わらずの大渋滞だったようなのだけど (普段ガラガラの裏道さえもが渋滞してたりしたし)、にも関わらず西が丘にスムーズに辿り着けたのも、この日の教訓があればこそなのでした。
Category: FC東京, その他のスタジアム, その他の蹴球
Posted 2005年03月22日 21:04
日立台の近所で
日立台の直ぐ南側にある、道路沿いのプチお花畑。場所柄やっぱし黄色く染まってるわけですね。
Category: いろんな風景
Posted 2005年03月22日 19:38
FC東京 vs. 柏レイソル
西が丘で開催されたサテライトリーグ。対戦カードは前日のナビスコ杯と同じ、FC東京と柏レイソル。西が丘はJ2時代のFC東京には「聖地」であったのだけれど、J1の開催基準を満たしてはいないため、東京がJ1に昇格して以降は利用機会が激減、この日はFC東京にとって、随分と久し振りの西が丘だった。
ホーム側のゴール真裏に陣取っていたおかげで、柏の先制点も、梶山陽平が復活の狼煙をあげた同点弾も、本当に直ぐ目の前で見物することになった。で、その柏の先制点なんだけど、公式記録では「黄色いポルシェ」こと増田忠俊のゴールとなってるんだけど、あれは、目の前で見ていたおいらには、藤田泰成の足が先に触っていたように見えたわけだが…。
Category: FC東京, 西が丘サッカー場
Posted 2005年03月22日 14:03
西が丘の桜
西が丘と言えば、こちらやこちらに詠われているように、桜の季節が印象的なわけですが、この日の西が丘の桜は、ご覧のようにまだ蕾のままでした。
Category: いろんな風景, 西が丘サッカー場
Posted 2005年03月22日 14:00
羽田モノレール
Category: いろんな風景
Posted 2005年03月22日 13:57
阿部勇樹と石川直宏
懐中電灯の類で照明をあててみるテスト。
Category: FC東京
Posted 2005年03月22日 13:53
2005年03月15日
海を飛ぶ夢 Mar adentro
ラモン・サンペドロにとって、生きることは自由を謳歌することだった。太陽の光に照らされ、青くまばゆくきらめく故郷ラ・コルーニャの海。その海を渡り、世界中を旅してまわった青春時代。だが、その輝かしい日々は、25歳の夏に唐突に終わりを告げる。
海を飛ぶ夢という映画が間もなく上映される。監督は「アザーズ」で知られるアレハンドロ・アメナーバル Alejandro Amenábar。スペイン本国ではゴヤ賞の、過去最多となる14部門を受賞。国外でも米アカデミー賞の外国語映画賞をはじめ、数々の賞を受賞してきた極めて評価の高い作品。
ア・コルーニャ近郊シューノ Xuño 出身の、ラモン・サンペドロ Ramón Sampedro という、実在の人物の生涯を描いたもので、サンペドロは手記「Cartas desde o inferno(地獄からの手紙)」、詩集「Cando eu caia(When I Fall)」などを著しており、映画の原題である「Mar adentro」も、その詩の題名(ガリシア語では「Mar dentro」)から採られた。
「尊厳死」という重苦しい主題ではあるけれど、ガリシアに興味を抱くものは、ア・コルーニャの海、ガリシアの自然の描写が素晴らしいという評判を聞けば、見過ごすことはできない。また、アメナーバル監督が自ら手掛けた音楽では、お馴染みカルロス・ヌニェス Carlos Núñez の奏でるガイタ(ガリシアのバグパイプ)が重要な役割を担っているようだ。日本でもサントラ盤は発売されるようだけど、フナック・スペインやアマゾン・フランスで試聴が提供されている。
英語圏での題名は「The Sea Inside」で、原題の「Mar adentro」を逐語訳したものとなっている。「Mar adentro」は、本来は「Out to Sea」と訳されるのだけど、過去に同名の映画があったため、敢えてこのようにしたらしい。でもこれはこれで意味深で面白い。そして邦題は(いつでもなにごとにも不満を述べるひとというのはいるものだけど)、内容に沿った、印象に残る良い題名が与えられと思う。
以下は各国のプロモーションサイト。北米版の予告編が素晴らしい。
海へ
海へ
夢が叶えられる海底の無重力の中で
望みを満たさんと、ふたつの意思がひとつになる
君の目と僕の目は
まるで木霊のように、無言のうちに繰り返す
「もっと深くへ、もっと深くへ」
血と骨から成る全てのものを超えて
でも僕はいつも目覚める
そして死んでしまいたいと願う
そうすれば僕の唇を
いつまでも君の髪にからませていられるから
ラモン・サンペドロ Ramón Sampedro
海へ Mar adentro(一部)
Category: ガリシアのお勉強
Posted 2005年03月15日 22:18
バットマン
アメリカのスーパーで以前に買ったジュースのキャップをワイ端マクロで撮ってみるテスト。
Category: いろんな風景
Posted 2005年03月15日 20:25
2005年03月14日
川崎フロンターレ vs. 浦和レッズ
等々力点描。
午前中は快晴だったのに、この後の波乱万丈の試合展開を予告するかのように、試合開始が近づくに連れて、等々力の空は見る間に黒雲に覆われる。
スチャダラパーによる始球式に続き、フロンターレブルーの新聞紙をいっせいに掲げて選手を迎える。等々力が青く染まる瞬間。
点の獲り合いとなった等々力劇場に、白熱する両サポーターの応援。
Category: 川崎フロンターレ, 等々力陸上競技場
Posted 2005年03月14日 21:39
本日のふろん太くん
Category: 川崎フロンターレ, 等々力陸上競技場
Posted 2005年03月14日 21:39
本日のうちの猫
仲良さ気に並んでいるところを撮ろうとしたら、姉にはソッコー逃げられ、妹は、実は寝起きでチョー不機嫌。
Category: うちの猫
Posted 2005年03月14日 14:16
2005年03月07日
柏レイソル vs. 川崎フロンターレ
川崎が5年振りにJ1復帰を果たした一戦は、奇しくも5年前にJ2降格が決まった日立台。
両チームともゴールネットを揺らすことができない、膠着した展開だったが、途中出場の山下が、玉田からのクロスを豪快に決めて先制。そのまま柏が逃げ切るかと思われたが、終了間際の土壇場に、アウグストが執念で繋いだボールをジュニーニョが押し込む。劇的な同点ゴールに川崎サポは狂喜乱舞。
Category: その他のスタジアム, 川崎フロンターレ
Posted 2005年03月07日 20:57
本日のふろん太くん
ふろん太くん in 日立台。
Category: その他のスタジアム, 川崎フロンターレ
Posted 2005年03月07日 19:57
FC東京 vs. アルビレックス新潟
僕らに春の訪れが告げられる
それは花々の芽吹きによってではなく
吹き寄せる暖かな南風によってでもなく
スタジアムにひとびとが集い
選手たちの繰り広げるプレーに一喜一憂する
なにものにも替え難いあの幸福なときが
こうして再び戻ってきたこと
それが僕らに春の訪れを告げる
Category: FC東京, 味の素スタジアム
Posted 2005年03月07日 19:53
雪の庭
雪はトビますな。
Category: いろんな風景
Posted 2005年03月07日 19:47
2005年03月03日
スポンジボブ誕生秘話 Spongebob Exposed
以下はSpongeBob Exposed ~ The Insider's Guide to SpongeBob SquarePantsの巻頭に掲載されている「The Man Behind The Nautical Nonsense」の翻訳。この本は、そのタイトル通り、スポンジボブ誕生の経緯から、裏話、(出版時点までの)全エピソードの紹介、登場キャラクター&声優さん名鑑などなど、結構な量の情報を取り揃えた一冊で、以下に訳出の文章には、初期のスポンジボブに関する様々なスケッチ画も添えられてます。
The Man Behind The Nautical Nonsense
スポンジボブとその仲間たちが初めてお披露目されたのは1999年5月1日、第12回キッズ・チョイス・アワード(※1)でのことでした。番組は1999年7月17日に、ニコロデオンで本格的に放送が開始されます。さて、スポンジボブはそもそもどのようにして誕生したのでしょう?全ては、スポンジボブの生みの親であるステファン・ヒーレンバーグ(※2)Stephen Hillenburg から始まります。彼じゃないとすると…いや、そんなことを考えるのはよしましょう!
スティーブはカリフォルニア州アナハイムで育ちました。子供の頃のお気に入りは、ドライブとシュノーケリング、そして絵を描くことでした。ローレル&ハーディ Stan Laurel & Oliver Hardy主演の、昔のコメディ映画を好んで見ていた彼は、偉大なフランスの海底探検家ジャック・クストー Jacques Cousteauについての、テレビの特別番組を見るのも大好きでした。
カリフォルニアの州立フンボルト大学 Humboldt State Collegeを卒業した彼は、南カリフォルニアのダナ・ポイントにある、オレンジ郡海洋研究所 The Orange County Marine Institute(現在はThe Ocean Instituteと呼ばれています)で、子供たちに海洋科学を教えていました。彼が、潮溜りに生息する様々な生物のコミックブックを描いていたのはここでのことです。その絵の中には、後のスポンジボブのキャラクターに似ているものさえあるのです!
3年間の教育活動の後、スティーブは自分が本当にやりたい仕事は絵を描くことだと決意、ウォルト・ディズニーによって創立された、カリフォルニア芸術大学にある実験アニメーション学科の修士課程に再入学します。彼の初めてのアニメーションの仕事は、ニコロデオンの「ロッコーのモダンライフ」というアニメでした。ほどなくスティーブは、「ロッコー」の番組に関わる全ての人たちを監督するクリエイティブディレクターになりました。脚本家やアーティスト、俳優といった人たちと共に、番組が最良のものになるよう努めたのです。スティーブは、クレイジーな海底の生き物たちを取り上げたパートをウリにしたエピソードを創作しています。ある日スティーブは、脚本家のマーティン・オルセン Martin Olsen に、自分が以前に描いた潮溜まりのコミックブックを見せたところ、彼はこう言ったのです。「マジかよ?お前の出番じゃないか」
ほどなくスティーブは、海綿動物のアニメキャラクターを夢想するようになっていました。彼はスポンジの形をしたキャラクターを描き、それは大変おかしく思えました。なにかが閃きました。スティーブは海底に住む、あらゆる風変わりな動物たちについての番組を創作することを決意します。彼は思いました、海綿動物は完璧なヒーローになるだろうと!彼が思いついた主人公は、海底に住む無邪気で間の抜けた男の子でした。それは完璧な組み合わせでした。海洋生物学についての彼の知識と、アニメーションと芸術に対するその愛情を、このプロジェクトは結びつけたのです!
スティーブは、同僚のアーティストであるデレク・ドライモン Derek Drymon とニック・ジェニングス Nick Jennings と共に、ショーのアイデアに取り組み、発展させていきました。やがて準備は整い、彼らはスポンジボブのアイデアをニコロデオンにプレゼンします。彼らは水槽、キャラクターの模型、そして大量のスケッチを携えてやってきました。そしてスティーブは、ウクレレを奏で、声を演じ、音響効果を作り出し、そして歌いました!ハワイ風のシャツに身を包んだ彼は、スポンジボブの主題歌を奏でるテープレコーダーを、ホラ貝の中に仕込んでいました。ニコロデオンが興奮して椅子から飛び上がるよう、彼は万全を期したかったのです。ニコロデオンの役員たちはこのプレゼンに惚れ込みました。彼らは笑い過ぎてクタクタになり、休憩をとらなければならなりませんでした。そしていよいよプレゼンが終了したとき、ニコロデオンは、自分たちが特別な番組を手に入れたことを知ったのです。その日、ニコロデオンはスポンジボブに「イエス!」を告げました。
難しい話はこれくらいにして、キャラクターたち、そしてビキニ・ボトムに息吹を吹き込んでいる、素晴らしいキャストに会いに行きましょう!
スティーブン・バンクス Steven Banks
裸のスポンジボブ SpongeBob Exposed (2004) より
訳注
- このとき公開されたのは、Help Wanted、Reef Blowers、Tea at the Treedomeの3作品。SpongeBob Exposedのエピソードガイドは、これらをエピソード1としているのだけど、ファンサイト等では、本放送の順番に倣ってエピソード2としている場合もあり。
- カタカナ化にあたって混乱必死の名前。特に「Stephen」は一般的にはスティーブン(とかスティーヴン)だし、この文章でも、ここでフルネームが登場する以外は、「Steve」という愛称が使われているのだけれど、ニック・ジャパンが「ステファン・ヒーレンバーグ」と記載しているので。
なお、こちらにあるインタビューでも、Stephen Hillenburgさんはスポンジボブ誕生の経緯に触れておられまする。
追記@05/02/2005
The Complete 1st Season DVDのディスク3に収録されている特典映像のひとつに、「The Origin of SpongeBob SquarePants」という、Stephen Hillenburgへのインタビューを中心に、スポンジボブ誕生の経緯を綴った映像があった。Category: 雑記
Posted 2005年03月03日 20:13
ガリシア・オンTV
今回の事故では、重油が広い範囲に拡散したことが、被害を和らげてくれたと言えます。ガリシア地方で一番汚染が酷かった地域でも、汚染の密度はそれほど高くありませんでした。サッカー場くらいの広さの場所に、直径7センチの重油の粒が10個ある程度に過ぎないんです。
スペイン海洋学研究所 Instituto Español de Oceanografía
エドゥアルド・ハマール副所長
2/1(火)22:10~23:00に、NHK BS1の「BS世界のドキュメンタリー」 シリーズで、2002年秋に起きた、重油タンカーのプレスティジ号がガリシア沖合いで沈没した事件を扱った、「重油流出から海を救え ~ スペイン タンカー事故」が放送されたらしい(プレスティジ号事件の詳細はこちらとかこちらへ)。我が家にはBSの受信環境がないので、録画していただいたものを鑑賞。
これはTransglobe Filmsというスペインのドキュメンタリー制作会社が制作した、La costa herida (The Wounded Coast)という2003年の作品で、パンプローナで開催された2004年度のteleNatura(自然と環境の保護についての国際テレビジョン・フェスティバルらしい)で最優秀脚本賞を受賞したそうで、NHKでの放送が実現したのも、この受賞が契機なのかな?
事件の全体をバランスよく扱っていたディスカバリーチャンネルのものとは異なり、こちらは汚染の除去に奮闘する科学者たちに焦点を当てたもの。そのため、被害額は推定11億ユーロ、回収された重油は15万7000トンにも上るという事件の忌まわしさよりも、科学者たちの懸命の努力の甲斐あって、事件は万事解決した過去のものです、めでたしめでたし、といった、楽観的にさえ思える印象を残すものになってる気がしちまったですよ。
印象的だったのは、ドキュメンタリーの主旨とはズレるんだけど、荒波が打ち寄せる急な岩場での亀の手(ペルセベス)の採取シーンで、マヌエル・リバス Manuel Rivas さんの「蝶の舌」に収録されている短編、「ミスターとアイアン・メイデン El Míster & Iron Maiden」の後半、親子で漁に出かける場面はこういう光景だったのかと。
そして、これも主旨とはズレるんだけど、ガリシア全体でのムール貝の水揚げ高は30万トン超で、これはヨーロッパの37%、全世界の21%を占めるんだそうな。そして1万人がこの仕事に従事しているそうな。ふむふむ。
Category: ガリシアのお勉強
Posted 2005年03月03日 19:49